ハン帝国の誕生と崩壊(前400年~後465年)

年表

サンダイル世界に初めて現れた巨大帝国の誕生と崩壊についてまとめました。

帝国の前身となるハン王国の誕生から、ハン帝国の滅亡まで。

ハン王国の誕生

前400年 ハン王国の誕生

東大陸中央のいち都市国家としてハン王国が誕生。アナス川に面する丘陵地に位置しているものの、豊かな土地とは言えなかった。

前370年頃 メルシュマン、フィニー島遠征

自由都市連合によるメルシュマン、フィニー島遠征の際、当時のハン領主がフィニー島でクヴェルが埋蔵されている遺跡を発見。

前341年 ハン王国、中原を掌握

大量にクヴェルを保有したハンが術を組織的な戦術に編入した戦略を確立。

多くの都市国家で崇拝の対象とされてきたクヴェルを各集団のいち武器として扱い、直接的な攻撃に利用し始めた。その圧倒的な軍事力を背景に中原を統一した。

前320年 ハン王国、メルシュマンへ侵攻

術の伝来が中原より遅れていたメルシュマン地方を掌握すべく、フィニー島へハン王国が侵攻。

前272年 ハン王国、メルシュマンを掌握

フィニー島制圧後、産出されるクヴェルによりさらに軍事力を強化したハン王国がメルシュマン地方を平定。その後、しばらくは内政の整備に徹する。

前200年頃 ハン王国でクヴェル研究を開始

ハン王国が組織的なクヴェル研究を開始。

前121年 ハン王国、グラン・タイユ地方へ侵攻

軍事力が整ったハン王国は、満を持してグラン・タイユ地方へ侵攻を開始。ヴァイスラントで算出されたクヴェルを多く所有するグラン・タイユの強国との戦いを始める。

前1年 グラン・タイユの最後の王家、グラン・ヴァレで倒れる

グラン・タイユ最後の王家、ラウプホルツとの決戦は、ハン王国の圧倒的な勝利に終わる。

ハン帝国建国

紀元年 ハン帝国建国

ハン王国は、東大陸の平定を機に建国を宣言。ここに多数の都市国家を従える巨大な帝国が誕生した。

64年 グラン・ヴァレの第一石橋の建設始まる

クヴェルを用いた巨大建造物の建設が可能になるほど、クヴェル研究が成熟していたハン帝国で、建国100年に合わせ、グラン・ヴァレの石橋の建設が始まる。

100年 グラン・ヴァレの第一石橋完成

ハン帝国が南方遠征着手のために建設していた石橋がついに完成する。

101年 第1次ヴァイスラント遠征

クヴェル発祥の地であるヴァイスラントを手中に収めるため、また、ヴァイスラントに埋蔵されているであろうクヴェルを手に入れるため、南方遠征が実施された。

もともと国が存在していなかったヴァイスラントでは、帝国軍に対する組織だった抵抗もなく、遠征は平穏に進んだ。そして、ここで得られた多くのクヴェルが帝国の更なる繁栄と良識ある政治をもたらした。

107年~124年 南大陸で大干ばつ発生

南大陸で大干ばつが発生し、多くの難民が東大陸へと移動。

南大陸を術も無い原始的な大陸と見ていた帝国民にとって、難民は邪魔な存在でしかなかった。

しかし、当時の皇帝は難民を手厚く保護した。

122年 グラン・タイユ砂漠の開墾始まる

今後起こりうる干ばつへの対応策として、グラン・タイユの北部に広がる砂漠の灌漑を開始。この灌漑に多くの難民が率先して参加したことで、帝国内の生活と土地を保証されていった。

このときの皇帝より5代、約100年にわたり良政が行われることになる。

200年 旧アニマ教成立

万物が持つ力=アニマがすべてである、という教典をもとにした宗教が成立。クヴェル崇拝から分離した考え方であったため、クヴェルの圧倒的な力によって生まれたハン帝国政権下では日の目を見ることはなかったものの、密かに民衆の支持を集め、その教えは東大陸全土に広がった。

211年 五賢帝時代終わる

約100年続いた歴代5人の皇帝による良政の時代が、最後の賢帝の死とともに終わりを迎えた。

帝国の衰退

266年 帝都に競技場完成

帝都に剣奴(剣士の奴隷)の殺し合いを観賞するための競技場が完成。

301年 ヴァイスラント遠征再開

肥大した貴族の欲求を解消するためだけの略奪行として、ヴァイスラント遠征が再開される。

374年 ニカの反乱(ユヴェナリスの乱)

帝都の競技場で剣奴として殺し合いを強制されていた奴隷たちが反乱。帝国軍により鎮圧されるも一時は州都まで迫った反乱勢力は帝国の弱体化を大きくイメージ付けた。これを機に帝国は衰退化する。

374年 グラン・ヴァレの乱

グラン・ヴァレで強制労働を強いられていた民衆の反乱が発生。

392年 第六次ヴァイスラント遠征

400年 王位継承争いに敗れた一派、南大陸へ

次期皇帝を巡る政権争いに敗れた5賢帝の子孫が南大陸へ移住する。これを機に、政情が不安定な東大陸を離れるものが続出。多くの良識人が南大陸へ移住したことで、帝国は弱体の一途をたどる。

445年 グラン・タイユ地方一斉蜂起

ついに、グラン・タイユ地方が一斉に蜂起する。すでに帝国には大規模な反乱を制圧する力はなく、撤退に次ぐ撤退を余儀なくされる。

453年 第一次ハンの戦い グラン・タイユ連合帝都へ

グラン・タイユ勢力はついに帝都まで迫るものの、メルシュマン諸国の救援により窮地を脱する。

464年 第二次ハンの戦い メルシュマンの地方貴族帝国から離反

メルシュマンの離反により、再び帝都は包囲される。

465年 第三次ハンの戦い

465年 ハン帝国滅亡

3度目の帝都戦にて街は戦火にまみれ、ハン帝国は滅亡を迎えた。

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